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経済がわかる国際ジャーナルとの再会

指導か、教育か、暴力か。
昨年夏、某相撲部屋の力士が、先輩力士と親方により暴力を受けて死亡する事故があった。加害者である先輩力士は、あくまで稽古だたと言い張っていた時期もあり世間や報道側からも大きな批判があったように記憶している。

確かにビール瓶で頭を殴るといったような行為が本当にあったとすれば、暴力以外の何者でもない。いくら体力や学力やが違うそれぞれの人間であっても、人に傷が付くと理解できる範囲はたいてい同じである。同じでない人が、叱られたり、時には罪人となるのだ。


しかし毎日報道されるニュースを見ていると、残念ながら教育と指導と暴力とセクハラが混同し始めているのではないだろうかと思わざるを得ないのが現状だ。とはいえ、そもそも、そのものたちの境目などないのかもしれないが・・・。


社会は、誰もが共通したマナーやルールや一般常識の中で生きてきた。そのおかげで、一人一人、してはいけないことを積み重ね、自分を“叱り”他人を“叱る”ことで、皆立派に成長しあってきた。

ところが、“叱る”側にも“叱られる”側も非難や批判を受ける事態が相次いでいることで、たとえ親子でも、虐待や暴力とされてしまうようになってしまった。

子は叱られないことを愛情だと勘違いして生きる。そして大人になって誰かに叱られると、たちまち虐待だの暴力だのセクハラだのと世間から放り出されるまでの事態へと発展する。

怖いのは、たとえそこに、思いやる気持ちがあったとしても、同様の事態になることだ。叱る行為には、必ず「相手のために」という言葉がくっついていると思っている。だからこそ、“効き目”があり、やってはいけないことの意味を考えるようになるのだと思っている。

しかし、親子の間に“げんこつ”すらなくなる時代を見ていると、そういった“効き目”は、お互いの受身態勢がないと成り立たないのだと諦めに似た気持ちになる。こどもたちが本を読まなくなったと言われている。
そういえば、本屋さんで子供の姿を見ることはあまり
なくなったかもしれない。たくさんの本が無料で借りられる
地域の図書館へ行っても、昔は騒がしかった子供たちの声が
今はあまり聞かれない気がする。本が安くで買えると評判の
古本チェーン店でもしかり。

本はとても想像力をかきたててくれる。
絵がないのがいいのかもしれない。
言葉だけでそこに書かれている風景を思い描き、
文字を読みながら頭の中で描いた主人公が
夢を見ているかのように動き出す。

そうして物語に吸い込まれる瞬間が私は好きだ。

読むことによって、人間は言葉をよく覚えるそうだ。
インターネットでもたくさんの文字が転がっているが、
想像を書き立てられたり、考えなければいけない部分は
本に比べて少ない。すぐにレスポンスができるのは
ネットの利点だが、ボタン一つで物語の風景や意味が
調べられない本には、“よくよく考える”という時間が
与えられている。

現代画報(国際通信社)では、本を読まないことや文章を書かないことを
放っておくことの危険性を訴えている。
自分の想いを表現したくても、表現するための言葉を知らなかったり
どうしたら伝わるのかと想像することができないために、
ストレスが溜まり、キレるという行動が起こったり、
人との交流を避けてしまうことに繋がっていると考えられるからだ。


確かに、大人になった今でも自分の意思を伝えるのが
困難な場面に直面することが多々ある。そんなとき、
悩みや不安に襲われることもあるが、脱出できたときには
とても清清しい気分になる。現代の本を読まない子供達が
やがてこうした悩みや不安を抱えたときに最後まで諦めずに
考えて意思を伝えようとしてくれるのだろうか。

まずは考えることの楽しさを
子供たちに知ってもらうことをはじめてみてはどうだろうか。DVの被害の対策
今日のニュースでDV(ドメスティック・バイオレンス(ドメスティック・バイオレンス=配偶者間暴力)について、以下の記事があった
※以下抜粋
-----------
1月に施行された改正DV防止法で、市町村の努力義務とされた「被害者支援の基本計画」を作成した自治体が、全国1782市町村で3市しかないことが内閣府の調査で分かった。同様に努力義務となった「配偶者暴力相談支援センター」設置も8市のみ…
以下省略
-----------

DVの現状がどれだけ認識されていないかということの表れのように思う。ニュースなんかでは、妊婦受け入れ拒否や、未検診、詐欺問題や殺害や強姦などが取り上げられ、死に至るような暴力でなければとりあげられないせいか、DVという言葉さえみんな知っているが、その実態や現状を全然把握していないのだなと改めて感じた。

私の周りでは、DV被害によって離婚を望んだが、それさえ言い合う場がもてないと命からがらといった形で(言い過ぎではない)子供を抱えて実家に逃げ隠れているような人が2人もいる。

何も悪いことをしてないのに、出かけるにも怯え、電話の着信音でもビックリするような生活を送っているのだ。

人目に付かないように行なわれるこよの多い家庭内の暴力を他人が防ぐことは非常に難しい。だからこそ、被害者支援の基本計画がたちあがったのだ。“立ち上がった”という事実は、既に深刻化しているからこそ起こることであることを、公的な機関で働くひとはもっと理解するべきではないだろうか。
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